第48回神奈川新人ギタリストオーディション
2019年6月30日(日)神奈川県横浜市磯子区民センター「杉田劇場」 神奈川ギター協会主催
写真と講評:川俣 明(当日は神奈川ギター協会委員長、現・名誉会員)
2019年6月30日(日)神奈川県横浜市磯子区民センター「杉田劇場」で第48回神奈川新人ギタリストオーディションが開催された。今回は昨年度の次点入選者(予選は免除される)1名を含む39名の応募者総数があり、昨年数を少し下回ったが、それでもまずまずの盛況であった。残念ながら1名の棄権者が出て予選は総計37名で行われた。今回はビッグネームの渡辺香津美氏を本選ゲスト審査員として迎え、応募者も聴衆もジャンルを広げたオーディションとの期待感を持ち、雰囲気は大いに盛り上がった。12時30分に開始された予選では課題曲のF.ソル作曲の「ワルツOp.32-2」と各自が登録した3分以内の自由曲を演奏し、審査された。
集計の結果6名が予選を通過し、本選へと進んだ。予選課題曲は教則本にも載っている親しみやすい曲ではあるが、テンポに安定性を欠いたり、スラー奏法に明確さが不足したり、僅かながらでも綻びを見せてしまった奏者には厳しい結果となったのは、本選前の西本悦子副委員長(現・委員長)の講評にもあったとおりである。より細やかなアーティキュレーションや消音に注意を払えば更に味わい深い曲として演奏出来る筈で、技術の完成度を上げるとともに古典音楽の表現法にも磨きをかけて頂きたいものである。
本選では課題曲のL.ブローウェル作曲の「11月のある日」と、各自が登録した6分以上10分以内の自由曲を演奏した。本選の採点は従来どおり80点を合格の目安とし、上下10点ずつの幅を持たせて採点し、平均点を出して判定する方法を採った。結果、平均点で合格点を得た5名が、他の2名に少し大きく差をつけての入賞合格となった。次点入選者を選出すべきところであるが、今回は続く2名が同点であったため、審査員で協議の結果、今回は次点入選者は無しということに決定した。
以下に本選の演奏順に結果と評を記す。
1.高橋ひまり(たかはし ひまり) <入賞・合格>
予選自由曲:練習曲第1番(H.ヴィラ=ロボス)
本選自由曲:スペインセレナーデ(J.マラッツ)最後のトレモロ(A.バリオス)
音色が少し細めの感じだが、それはそれで充分な美しさを持っている。課題曲は雰囲気のある演奏でテンポ感覚も良く好感が持てる。中間部はどちらかというと迫力重視の演奏だった。当日の湿気のせいか調弦が少し安定しない。自由曲の「スペインセレナーデ」の冒頭で調弦なのかミスなのかはっきり区別のつかないまま曲が始まり、ミスと捉えて減点した審査員も居るかもしれない。曲全体は爽やかで安定感のある演奏が展開された。「最後のトレモロ」ではトレモロが極めて美しく奏され、旋律の抑揚の付け方も曲の内容に沿っていて素晴らしいものだったが、疲労のせいかポジションが大きく飛ぶ所で一瞬だけ間が空いてしまったと感じられるところがあり、僅かに減点に繋がったかもしれない。
2. 長谷川大輔(はせがわ だいすけ) <入賞・合格>
予選自由曲: ファンシーP.5(J.ダウランド)
本選自由曲:オートゥイユの夜会 (N.コスト)
課題曲は、緊張したのか曲の雰囲気に入り込めない「もどかしさ」みたいなものを感じさせてしまった。中間部の速いところまで、その感じを引きずってしまったのか、僅かではあるが音のもたつきも見せてしまった。しかし、それを見事に補って雰囲気を作り直して冒頭の部分に戻り、最後はしっとりと終わらせるところに、この奏者の感性の鋭さと精神力の強さを見せられた思いがした。自由曲では最初の部分で不安定な部分も見られたが、しっかり立て直し華麗に曲を展開していた。技術的難度の高い部分の要素にも確実な技術で応えていて曲の雰囲気に沿い、華やかな雰囲気を作り上げていた。ロマンティックな表現も求められる筈のコストの音楽に対し、古典的な演奏解釈やアプローチだけでは少々持て余すところも感じられたが、それでも全体を手堅くまとめていたように思えた。
3.渡辺良介(わたなべ りょうすけ) <入賞・合格>
予選自由曲:前奏曲第2番(E.ヴィラ=ロボス)
本選自由曲:ブエノスアイレスの冬(A.ピアソラ)
課題曲は確実に安定感を持って演奏されていた。落ち着きもあり力強さも充分だった。無いものねだりということになるが、抒情的な雰囲気が加えられたら、より感動的な演奏になったのではないだろうか。中間部の速いと部分では少し力が入り過ぎでテンポの変化も少々恣意的に感じられたように思える。まろやかさを持った好ましい音色で演奏しているのだが、あと少し「すっきり感」が欲しいと思った。自由曲は自分の感性に合っているのか技巧やテンポ感も堂に入っていて聴衆へのアピールも良い。曲の内容に沿った明暗の切り替えも見事なものだったがピアソラの内面に入り込むという面では今一歩であったように思え、そのせいか後半部ではやや冗長さを感じさせてしまったようだ。是非オリジナルのピアソラの演奏をも研究して、その神髄に肉薄してもらいたいものだ。
4.杉田 文(すぎた あや)<入賞・合格>
予選自由曲:前奏曲ホ長調 (M.M.ポンセ)
本選自由曲:序奏とカプリス (J.レゴンディ)
課題曲は音量も充分でテンポの変化や音色のバランスも良く考えられていて、曲の雰囲気をとても良く表現していた。中間部の速い部分もサラッと弾きこなし、それが却って雰囲気を盛り上げていた。技術的にも確実さが感じられ不安を感じさせる箇所は無かったように思える。自由曲の序奏の部分は堅実に演奏されたが後半の展開を考えると、もう少し柔軟性が加わっても良かったのではないだろうか。演奏内容にも何ら問題無く、華やかな技巧と美しい音色を駆使して高得点を得る大変に技量のある奏者であるが、とある旅行作家の「どんなに良い風景でも5分も見つめていると飽きる。」という記述を、ふと思い出した。このような曲では更に思い切った展開を工夫することも必要かと思えた。
5.石川一美(いしかわ いつみ) <入選>
予選自由曲:昨年次点により予選免除
本選自由曲:キューバの子守唄、「黒いデカメロン」より恋人たちのバラード(L.ブローウエル)
課題曲では雰囲気を出そうと努力はしているが小節ごとの拍節感に変化が乏しく単調に感じられてしまった。持前の美しい音色で手堅く演奏されてはいるのだが、テンポに柔軟性を欠いていたように思えた。中間部の速い部分では少し乱れも出て実力を充分に発揮したとは言えないように思えた。「キューバの子守唄」はピチカートもしっかりと演奏されて歌い回しも良く、テンポの変化も絶妙で大変に雰囲気のある見事な演奏だった。「恋人たちのバラード」は少し硬めの音で奏される高音とスラーで交錯する中音域で作られたテーマの所の音の処理が巧くいってなかったと思われる。拍の位置とアクセントの位置など妥当であっただろうか。低音域の動きから始まる展開も今一つ未消化な部分を残していたように思われ残念だった。
6.五十木翔太(いかるぎ しょうた) <入選>
予選自由曲:「吟遊詩人の調べ」より奇想曲(J.K.メルツ)
本選自由曲:魔笛の主題による変奏曲(F.ソル)
課題曲はテンポの変化にも工夫がみられ、叙情的にまとめようとしていたようだが、少し内向的に傾き過ぎた感じもした。中間部のテンポの変化は大きすぎて「間延び感」があった。もう少しサラリと処理しても良かったのではないだろうか。しかし音楽の作り方がとても丁寧で好感が持てた。自由曲も美しい音色と高度な技術で、そして丁寧な音作りで好感の持てる演奏ではあったが、数か所での細かなミスタッチが気になった。第一変奏の小さなミスタッチ、第二変奏の強すぎる和音、第三変奏の処理しきれなかった細かなパッセージなどが減点材料になってしまったようだ。しかし大変力量のある奏者であると思われ、更に完璧を目指し次回に期待したい。
7.渡邊泰敏(わたなべ やすとし)<入賞・合格>
予選自由曲:華麗なる舞曲 (A.タンスマン)
本選自由曲:フーガBWV1000 (J.S.バッハ) ロンディーニャ(R.S.デ・ラ・マーサ)
ベテランの域に達している奏者ではあるが、その演奏は若々しく溌剌としている。テクニックや音色も若い世代を凌ぐ勢いで見事に入賞・合格を勝ち取った。課題曲は少しテンポは重かったが充分に雰囲気を伴って演奏された。中間部の速い箇所でのテンポの変化は少し恣意的に感じられて、もっと流れを大切にすべきではなかったろうか。「フーガBWV1000」は所謂ギター的解釈に傾く傾向の演奏であったが、迫力のある音色と確固たる技術で音楽を進行させ聴衆を魅了していた。「ロンディーニャ」でも速いパッセージを良くこなしスペイン的なメロディーのところは雰囲気を持って演奏されていた。ただJ.S.バッハとR.S.デ・ラ・マーサの音楽では時代的にも性格的にも大きな違いがあると思うが、その違いを明確に表現しきった演奏には今一歩という印象だった。その辺は今後の課題かもしれない。
入賞合格者
杉田 文
渡邊 泰敏
渡辺 良介
長谷川 大輔
高橋 ひまり